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『凡才』

 絵を描くのはもうやめるつもりだった。

 ぼくがどんなに描いたところで、色使いも筆遣いも他人のものだったし、それは何かを描いた絵であって、それ以上のものではなかった。ぼくはたとえばドラクロワやセザンヌのような、事物そのままを目の前に現したかった。林檎を描いた絵が、林檎の絵ではなく、林檎そのものだと見る者に感じさせるように。

 子どものときから得意だったから、もっと上手くなれると思ったし、なりたいとも思っていた。でも、大学というのはそういう人を集めるところだ。だから、ぼくはどんどん埋もれていって、特に上手くも下手でもないふつうの絵を描く人になった。

 きれいだけど、何か感動を呼び起こしたり衝撃を与えたり驚嘆を呼び覚ましたりするような絵じゃない。誰かに見てもらうためには、誰かに買ってもらうためには、そういう何かが必要だったけど、ぼくはそれをもっていなかった。会得したり、誰かから譲り受けたり、買ったりできるようなものじゃなかった。

 画家になったら買わせてもらうよと言ってくれた隣りのじいちゃんの家に挨拶をしにいった。子どもの頃から、両親がいないときにはよく遊び相手になってくれた人だ。美大に行くと言ったときも、両親は反対したけど、じいちゃんだけは賛成してくれて、応援してくれた。

 ふつうの会社員になるんだと言ったら、そういう道もあるかなと言って、明るく答えた。元パティシエだったじいちゃんはケーキでも大福でもバームクーヘンでも水ようかんでも何でも作ってくれた。両親のいないときによくご馳走になった。

 絵を描くのはもうやめようと思うと言ったら、そうかあと言って、いっしょの景色を見るみたいに隣りに座った。ぼくたちがよく将棋やオセロをやって遊んだ縁側だ。喉仏を見るみたいに話していたのが、いつの間にかぼくのほうがじいちゃんの白く薄くなった頭頂部を見ながら話している。

 凡才なんだ、と言った。それを認めるために4年間大学に通ったのだと思うと少し悲しくなった。失ったものは多かったけど、得たものは少なかった。燕がぼくらの前の庭を低く通りすぎていく。じいちゃんはよっこいせと言いながら立ち上がって、部屋の奥へと消えていった。

 目の前に置かれたものは盆栽だった。そういうことをする人でないから、少しだけ笑った。じいちゃんはまじめともふざけてるともとれない顔をしていた。これはね、樹齢120年の盆栽なんだよ、と彼は言った。まるで叱りつける前みたいな、泣いている人間をあやすみたいな口調で。

 ほんとうに小さく咲いた楓は世界の一部を全てしまいこんだみたいに美しくて、大木に負けないくらいに威厳があった。うす赤い葉っぱは瞬きしているみたいなのに、ぼくが取りこまれてしまいそうなくらいに大きい。ぼくはその小さな植物を見上げるみたいに見下ろしていた。

 こんなただの小さい木がねえ、120年も生きてると霊性でも備えるようになるのかねえ、とじいちゃんは言った。凡才でもずっと描きつづけてれば、いつか願ったものを描けるようになるんじゃないのか?こいつの三分の一も生きてないのに、かんたんにやめるなんて言っちゃいけないよ。

 じいちゃんに暇の挨拶をしたあとにぼくがすることは決まっていて、それはゴミ袋の中から画材道具を救出することだった。

****

この記事を見て書きたいなあと思いました。

http://japan.digitaldj-network.com/articles/5733.html

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『クリスマス』

 付き合ってから今まで、クリスマスをいっしょに過ごしたことがなかった。

 年末というのは忙しいものだ。大晦日とお正月と、面倒な案件は年を越す前に処理してもらいたいという上司のプレッシャーという負担が、その前の週にどかっと降りかかってくる。クリスマスの夜にみんなが早く家に帰れるようなら、ディナーを食べながら見える東京の美しい夜景は本来存在しないはずなのだ。

 彼も私もそうであった。だから、電話越しにワインを開けてケーキを食べたり、彼が職場からもらってきたというローストチキンの美味しさについて説明を受けたり、別々の時間に同じイルミネーションを見たという話の他には、私たちにとってクリスマスは関わりのないことであった。

 クリスマスプレゼントは交換済み。私たちは毎年クリスマスのプレゼントに、お互いに同じものを用意するというルールを定めていた。おととしは手袋、去年はコート、そして今年はマフラー。彼が選んでくれたマフラーはしばらく彼の部屋にあったせいか、彼の匂いがした。

 真っ黒い鉄の塊みたいに外の空気は冷たかった。私はマフラーに顔を半分埋めて、ハイヒールで地面に穴を開けるみたいに歩く。帰る道のりにはちらつくイルミネーションのような、いつもより少し多くのカップルたちがいて、人の流れをあちこちで留めていた。

 靴下をベッドに吊るしておくのは、もちろんサンタクロースを信じているからではなかった。大きな男性ものの毛糸の靴下がある。私はいつもその靴下を12月24日の夜寝る前にベッドのそばに吊るしておく。寄る辺ない片っぽうの空っぽの靴下。

 クリスマスの夜には、もし私が今サンタクロースからプレゼントをもらえるとしたら、いったい何を欲しがるのだろう?と考えることがあった。子どもの頃はおもちゃや洋服、お菓子やアクセサリー、欲しいものは数限りなくあった。中学生や高校生になっても種類が変わっていくだけで、欲しいものがなくなることはなかった。

 社会人になったら、欲しかったものはたいてい買えるようになって、欲しいものがなくなった。私はサンタさんがもしいるのなら、私の欲しいものを知っていて、それを靴下の中に入れてくれるから、それがどんなものであるかを知りたくて靴下を吊り下げていた。

 もちろん靴下に何かが入っていることは一度もなくて、25日の朝に私はそれを押し入れの奥の奥のほうへしまうのだった。冬服といっしょにその靴下は出てくるから、今それは私の手のひらの上にあった。私はサンタクロースの不在を知らない少女のように靴下をぶら下げてベッドに入った。

 光と物音で目が覚めた。びくっとして起き上がると台所に彼がいて「ごめん、電話したんだけど」と言って笑った。「半額だったんだ」と嬉しそうに開けたのは、ブッシュドノエルのクリスマスケーキで、砂糖菓子のサンタクロースがこちらを見上げていた。

 彼を見て嬉しかったから、私はきっと彼といっしょにクリスマスを過ごしたかったのだなあと思った。私の見ている前で、スーツ姿の大きな背中がお茶をわかそうと台所の中を窮屈そうに動きまわっている。私は寝ぼけながら私の旦那様だなあと考えていた。

 時間を見たらもう十二時を過ぎていたから「来年のクリスマスはいっしょにいたいね」と言った。彼は「同じことを考えてたとこなんだ」と言って、たくさんの不動産屋のちらしをテーブルの上に広げた。「いっしょに住もう」という言葉が生クリームだらけの唇からこぼれた。

 「もう片っぽうはどこにあるの?」と聞かれたとき、私の欲しがっていたものがみつかった気がした。毛糸の靴下を履いたものが私へのクリスマスプレゼントだった。

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『悲しみを飲む』

 悲しみは空気よりも少し軽い。

 オートメーション化された機構を眺めているのが好きだった。流れていくのは牛乳パックみたいな大きさと形をした、悲しみ。筒が箱の中に差し入れられたあと、しゅーっとした音がしたと思うと、すぐに箱は折り畳まれて屋根みたいな形になる。それらが仕切りのあるプラスチックのケースにどんどんたまっていく。

 悲しみを液体にした飲み物を生産しているのがこの工場だった。工員はすごく少なくて、端っこから端っこまで自転車でなければ何分もかかる大きさなのに、十人程度しかいない。僕は機械がちゃんと動いているか眺めているだけ。他の工員たちもそうだから仕事中に顔を合わすことはほとんどない。

 悲しみなんてものをどうして人は飲みたがるのだろうと不思議だった、楽しかったり嬉しかったりするほうがずっといいのに。自分を正当化できるだけ怒りのほうがましだ。でも悲しみはたとえばサンドイッチや乾電池や入浴剤のようにごく当たり前に店頭に置いていてちゃんと売れている。

 ぼくは一度もそれを飲んだことがなかった。手にとったこともなければ、買おうとしたこともない。お金がなくて買えないわけでも、アレルギーがあるわけでもない。うっすらとした興味だけが蜘蛛の巣のように頭の隅っこに貼りついているのだった。

 それは酷い失恋ではなかった。相手の女の子は誠実でぼくのことを気にかけてくれるほど優しかったし、何より勝手に好きになったのはぼくのほうだった。彼女が言ったのは「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」で、そのあとに続いたのは「だから」ではなく「でも」だった。

 ギロチンで首をばっさりと切られるみたいにふられるのと、そっと屋上から持ち上げられたあとに振り落とされるのでは、実はそんなに違いがないのかもしれない。失恋にともなう無惨さはギロチンのほうが上だが、死んでいることに変わりはないのだ。

 ぼくはまるで世界の白と黒が反転したような、水彩画のように輪郭を失ったような、油絵のように厚く塗りつぶされたような、点描のように無機質で平均的な心持ちのような、キュビズムのように立体感を失ってぐらぐらと崩れ落ちそうな感じだった。

 いつものように仕事帰りにコンビニに入って買ったものはメロンパンと悲しみで、それらは手提げつきの白いビニール袋にすっぽりとおさまっていた。夜勤明けの眩しすぎる朝焼けが発見された脱獄者のようにぼくを照らしていた。

 コップに注ぐと白く透明な液体がうす甘い匂いをさせていた。ぐいっと飲むと冷たい感触が食道から胃へと伝わる。びっちりと閉めたカーテンの隙間から細い光と雀の鳴き声が流れこんでくる。音はなくとも一日の始まりの気配が外からは感じられていた。

 ふいにわき上がってきたのは胸からの脈動で、それらが喉へ達すると嗚咽へつながった。しゃっくりが呼吸を阻害するごとに、ぼくの目からは雨樋から流れる水のように涙が頬を伝って首まで濡らした。ぼくは弱虫のライオンみたいにわあわあと声を上げて泣いた。

 誰も悪くなかったし、誰も責めるべきではなかった。ただぼくは目の前にある大きな壁を前にして自分の拳が血だらけになるまでその壁を殴りつづけなければならなかった。その壁はどうにも厚くてぼくの力では打ち破れないということを知るために。

 気がつくとぼくは少しだけふつうに戻っていた。悲しみを流しに流すときにはもうすでにお腹が空いていた。

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『晩夏と初秋』

(1)晩夏

 雨の日に裸足で外に出るのが好きだ。

 すべてを洗い流す豪雨は川のような水たまりを作って、ミミズの死骸や空き缶なんかをどこかへ運んでいってくれる。僕の両足の指のすきまや踝のそばを通りぬけていく水流は間違って入ってしまったプールみたいに生温くて気持ちいい。まるで海にいるみたいに砂利が足の裏を移動していく。

 人が暑い暑いというのを聞くのが好きだった。外に出てみれば人々は髪や首元に汗をぐっしょりかいて、手のひらでひさしを作る。たとえばそんな中でよく冷えたスイカを食べたり、かき氷をかきこんだりするのは幸せだろう。家に帰って扇風機を浴びながらビールを飲んだっていい。

 僕が歩くたびにアスファルトの地面がどんどん熱くなっていくのが分かった。向日葵が振り返ってはにょきにょきとその背を高くしていく。風は止まり空気中へ揺らいだ地熱が陽炎を作る。人々の露出している肌は真っ黒に塗りつぶし、木の側を通れば蝉の大合唱を浴びせる。

 空いっぱいにためこんだ入道雲がなくなって、薄く広がるうろこ雲が空を覆うとき、僕の力も陰りを見せはじめる。大雨を降らすことも寝苦しい夜をつくりだすこともできない。そんなときに人々は口々に秋がきたね秋がきたねと言いはじめるのだった。

 秋に会ったことがなかった。秋は少し寂しくて物悲しいのだが、穏やかで過ごしやすいのだという。快適さというのは不快さの中にしか、ひとときの涼しさというのはうだるような暑さの中にしか存在しないと思っていたが、必ずしもそうではないらしい。

 暑さも寒さもない季節の中で、それが永遠につづくような温度と湿度があるとしたらそれはどのようなものだろう。振れ幅は大きいほうが人々に幸せを与えられると思っていたが、それは間違いだったのだろうか。僕は秋に会ってそれをたしかめてみたかった。

 しとしとと降り注ぐ雨が僕の体を溶かし、細く冷たい風が僕の体を削っていく。夏の終わりに見た僕の体はもうすでの元々の蝉の姿で、他の蝉と同じように道路に打ち捨てられて震えている。

 今年もまた秋に会えなかった。

(2)初秋

 顔を上げると枯れ葉の上にうつぶせに寝ていた。

 磨りガラスを通してみるような太陽の光、ドライヤーから出たみたいな乾いた風、踏むと跳ね返す柔らかい土、落ちて腐った果物の甘い匂い、競うように擦り合わされる虫の音、木の根元のそこここに頭をのぞかせている茸たち。一年ぶりの風景だった。

 私が歩くごとに木々が赤や黄色に染まっていくのが楽しい。果物は実をつけ、野菜は熟れていく。肘まで隠れた長袖のシャツで、暑さで汗をかくこともなく寒さで震えることもなくどこまででも歩いていける。私は自分の季節が大好きだった。

 少しだけ不満なのは人々が寂しいとか物悲しいとか人恋しいとか言うこと。そんなのは私のせいじゃなくて、自分が努力をしないせいだったり、家に閉じこもってばっかりだったり、人見知りだったりするせいだろーがと思ったりするが、恵まれた季節は気持ちが内側に向くせいかもしれない。

 失恋の季節と呼ばれることも納得いかない。一つ前の夏はひとなつの恋だのアバンチュールの季節だの恋の季節として有名だ。私は夏に会ったことがない。人々は暑くて大変だったとか今年は暑かったとか、うんざりした口調で言うがそのくせ顔はにやにやして嬉しそうだ。

 情熱も我慢も私には似合わない。私にあるのはすべてのバランスをとって居心地よくすること。誰もが気持ちよく過ごせればそれでよいではないか。でもどうしてみんな寂しいとか物悲しいとか言うのだろう。あんなにうんざりするような過ごしにくい季節を楽しそうに話すのだろう。

 私は夏に会ってみたかった。でも私が存在するということは夏はもういないということを意味するのだ。しまい忘れた風鈴や冷蔵庫に買い置きしておいたアイスクリームにその気配は残るが、夏はもういない。半袖のTシャツはきれいにたたまれて押し入れの奥にしまわれ、扇風機は分解されて物置の中へ。

 とぼとぼと歩いていると蝉の死体をみつけた。私はそこにまだ夏の名残があるような気がして拾って帰ったのだった。

* * * * *

 白昼夢という展示会でSae Inabaさんとちょぴっとコラボしました。この小説と、今までに書いた小説の断片を使ってくれたそうです。

 http://xxxmeowmeow.tumblr.com/


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『柿』

 柿が実る。

 いつも食べきれないほど実るから、そのままにしておくと烏がやってきて食い散らかすは、地面に落ちて嫌な匂いを放つはで困っていた。今年お隣に引っ越してきたお嬢さんが私と同じように柿を見上げている。「よく実りましたねえ」と言うので「これはこれで困っているのだよ」と言ったら不思議そうな顔をしていた。

 「入り用ならいつでももいでいっていいですよ」と言うと喜ぶので、一つか二つもいでわたしてやった。「柿はお嫌いですか?」と聞かれたので「私にはこれがあるから」といって煙草をゆっくりとふかした。近頃は母上が家の中では吸うなと言うから困る。

 父から譲り受けたものはこれを入れるタバコ入れと大量の本くらいのもので、あとはどうにか切り詰めて生きていけるだけのまとまった金だけ。身を立てなさい出世しなさいと言われるが、どうにもその気にならぬ。ときどき短い小説を書いては酒が飲めるだけの金が入ってくる。

 お嬢さんはときどきやってきて、柿をいくつかもいでいく。なあに烏や鼠にやるよりはよっぽどましだ。奴らは礼の一つも言わずにあるだけの柿をつついては食い散らかしていく。まるで柿の中に宝石なぞでも埋まっていて、それを探しているのだとでも言わんばかりに。

 お嬢さんは柿のお礼にと、私の家にまめまめしくやってきては、母上の家事を手伝ったり、私の破れた着物を繕ったりしてくれている。母上は裁縫がぜんぜん駄目だ。母上に任したら、私の着物などは縫付けられて腕を出すとこ頭を出すとこがなくなってしまう。

 あるときずいぶん綺麗な格好をしたお嬢さんが私の家に来て、柿をくださらないかといつものようにやってきた。私はいつものようにどうぞどうぞと二つか三つみつくろって風呂敷に包んでやった。それから十五分から二十分したらまたやってきて柿が欲しいという。

 三回目に来たときにどうしてそんなに柿が必要なんだと聞いてみたら、ちょっと戸惑ったような顔で客が好むのだと言う。お嬢さんは顔を赤くして言葉尻をもごもごと生の椎茸でも飲みこむようにして、急ぎ足で去っていった。

 その日の夜の夕飯、母上に「隣りのお嬢さんがずいぶん綺麗な召し物で何度も柿をもらいにきたんだよ」と話したら、「お前さんはそのときなんて言ってやったのさ?」と聞かれたから、「隣りの客はよく柿食う客だ」って。そしたら頭をぺちんと後ろから叩かれて、「お前は女心がまったくわかってないねえ」と。

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Endo end.

Author:Endo end.
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